2015年06月21日

後援会総会で、はたの君枝衆議院議員から「高くジャンプするためにはより深くしゃがんで跳躍します」と励ましていただきました

 昨日は横浜市の後援会総会が行われ、各地の後援会の活動の交流もあり、大変参考になりました。
 共産党市委員長からは、市会で躍進したが、目標の10名に届かなかったことは本当に悔しいという発言があり、その思いを皆さんが共有してくれたことが嬉しかった。当選した議員だけでなく私も後援会のみなさんへのお礼と、次回にむけてがんばっていく決意を挨拶させていただきました。

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 この間、県、区の後援会の総会も行われ、5月31日は金沢区の後援会総会でした。
 市会議員選挙を闘った候補者として挨拶をさせていただきました。
 選挙戦では党、後援会、支持者の今度こそは地元市会議員をという期待のなかで立候補を決意したこと、惜敗したとはいえ得られたものは多く、それを4年後の議席獲得につなげていきたい、そして当面の戦争立法阻止の闘いを金沢区からも草の根で広げ、大きな党をつくる作る仕事のためにがんばっていく決意ですと話させていただきました。

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 国会で忙しいにもかかわらず、はたの君枝衆議院議員が駆けつけてくれました。
金沢区の市会選挙の惜敗にも「高くジャンプするためにはより深くしゃがんで跳躍します」という言葉がうれしかった。

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 がんばろうの代わりに、戦争法案反対の決意をこめたプラカードで気勢をあげました。

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 長年後援会の会長として奮闘していただいた與安喜一さんが健康上の理由で今回で退任となりました。本当にご苦労様でした。

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posted by 明石ゆきお at 18:27 | Comment(0) | 活動日記

2015年05月13日

今年の「平和行進」はNPT再検討会議の開会中という最中に行われています。金沢区内の行進に参加しました

 今日の平和行進で配られたニュースには、平和行進について次のように書かれています。
「1958年6月、原水爆禁止を訴えながら被爆地広島から東京に向けて歩き始めた行進は、「歩く」という素朴な行動が市民の共感を広げ、数万人が行進に加わりました。それ以来57年、雨の日も風の日も夏の暑さの中も休むことなく全国で毎年続けられるこの行動は、世界にも例を見ません。(後略)」
 今日、台風一過の晴天のもと、金沢区内の行進が行われ、私も参加しました。
 出発の集会では、とりわけ今回は戦後70年という年、そしてNPT(核不拡散条約)再検討会議が行われているなかでの開催であることが県原水協の笠木隆事務局長より発言されました。

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前回2010年のNPT再検討会議で核廃絶条約への積極的な前進があっただけに、開催中のNTP再検討会議にたいして、日本政府が積極的な役割を果たしていくことが必要です。笠木さんが終了集会で言われていたように、日本は被爆国であるにもかかわらず、核廃絶にあまりに消極的な態度を続けているのです。核廃絶の機運が高まっているなかで、政府の態度を変えさせる圧力が重要になっています。
区内のいろいろな団体から多くの人が参加して行進を行いました。

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区内中心地を通り、平潟湾沿いの八景公園まで歩きました。
道沿いやマンションの上階のほうからも声援がありました。

解散地点では諸団体からの発言がありました。
私からも一言挨拶させてもらいました。

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先日本ブログでも紹介した被団協の小西悟先生の事を紹介し、被爆者の被爆の実相を伝える活動がその非人道性への認識を世界的なものにして今のNPT再検討会議の前進につながっていること、日本政府に積極的な役割を果たさせていく運動を広げていきましょう、と発言しました。

フィリピンから通し行進に参加しているヴォルティモアさんがギターを弾き、We shall overcomeをみんなで歌って散会しました。

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皆さんに挨拶をしていると、普段はあまり付き合いのない生協のかたがたから、「(選挙で)入れているんだから頑張ってもらわないと」という声をかけていただきました。思いがけずうれしくもあり、また平和を望む皆さんの代表として頑張っていかなければ、との思いを強くしました。
posted by 明石ゆきお at 22:21 | Comment(0) | 活動日記

2015年05月03日

横浜で行われた5.3憲法集会は参加人数も内容も画期的な成功でした

横浜臨港パークで行われた5.3憲法集会に参加しました。
みなとみらい線に乗ってチラシを見ていると、隣の女性から「そこに私も行くので一緒に行ってください」といわれました。聞くと、一人で新潟から来たということ。戦争立法が連休明けにも国会に出されるという中で、今年の憲法集会はまさに緊迫した情勢のなかで行われることになったことを実感します。
会場に着くとすでにすごい人数の人が詰めかけていて、地元の人を捜すのは大変でした。
主催者発表では3万人以上の人が参加していたそうです。

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スピーチはどれも大変感動的でした。
雨宮処凛さんはとくに貧困と戦争の問題に焦点を当て、就職が困難なところに自衛隊が目を付けていることを紹介。アメリカの軍隊と同様の状況が起こっていることを告発しました。
大江健三郎さんは、こんな大人数のなかで話をすることはこれが最後だろうと言いながら、安倍首相のアメリカでの演説を辛辣に批判。ここに参加しているひとがプログラムの言葉をよりどころにして戦争をさせない闘いに頑張ろうと呼びかけました。

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樋口陽一さんは、菅原文太さんが遺言のように語ったあの言葉を紹介しました。
「政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと。もう一つは絶対に戦争をしないこと。これがもっとも大事です」「沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。辺野古もしかり。勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ」
ここに憲法が条文も難しい言葉も使わずに表現されている、と語りました。

他の弁士は井上ひさしさんの言葉も引用しましたが、すべては覚えていません。
今の戦争を許さない闘いに、これまで闘い、亡くなられた人の言葉も総動員されていることに感動を覚えました。
沖縄からきたかたからは、沖縄は憲法九条のもとに復帰をめざしてきた。ところが密約によって基地が残された、と話し、この集会の参加者すべてが5月に行われる辺野古に基地建設をゆるさない闘いのの集会に来てほしいと訴え、最大の拍手を受けました。

集会は、内容的にも近年にないすばらしいものでした。

会場では一度だけ訪問して赤旗をよんでくれたかたが声をかけてくれたり、川崎で県議候補として奮闘した後藤真左美さんと再会したり、Facebookでだけの友人だった人にやっとお会いできたりということもありました。

集会後、その場でfacebookで呼びかけられていた「おしゃべりピクニック」というのに参加しました。

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歌をうたっているのはFacebookで知り合った人です。地元の教科書問題のつどいでお会いしたことのあるひとも参加していました。

これから出てくる戦争立法にたいして、共産党の志位委員長が言っているように、集団的自衛権の評価が違う人も含めた共闘のちからで立ち向かい、頓挫させていくことが必要です。
草の根からの運動も頑張っていかねばと思いました。

posted by 明石ゆきお at 23:57 | Comment(1) | 活動日記

5月1日は横浜公園のメーデーに参加、夜は「カクサン部」のご苦労さん会でした

5月1日は横浜公園のメーデー集会に参加しました。
気持ちのいい晴天のもと、2500人が集まりました。
知事選に立候補した岡本一さんが65万もの支持を獲得して健闘したことが、県全体の共産党の県議の大躍進、市町村議の躍進にもつながったこと、選挙中にも訴えていた公契約条例をてこにした県内企業の賃上げ、ディーセントワーク条例のことなどを改めて訴えていたのが印象的でした。

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昨年の総選挙で悲願の当選を果たしたはたの君枝さんは、労働法制の改悪を告発し、厚労省が、違法派遣があった場合、その派遣労働者を直接雇用したとみなす「みなし雇用」規定に対し、業界の意向を受けて、労働者派遣法改悪を急ぐよう求める内部文書を作成して与党議員らに説得工作を行っていたことが明らかになったことを話しました。労働法制改悪反対の闘いが急務です。
小池晃さんのこの問題の赤旗報道が読めます。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-04-24/2015042401_02_1.html

はたのさんは安倍首相が国会にも出されていない戦争立法をアメリカで約束してきたことについても話しました。まさに連休後の国会のなかで最大の問題です。
神商連(民商)の鎌田会長もご病気されていたことが嘘のように、戦争反対の闘いへの決意を述べられました。
一斉地方選で当選した新人議員も多く参加されていました。横浜市会の人たちとは「4年後はその列に入るから」と握手を交わしました。

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会場では多くの仲間と挨拶をかわすことができました。たくさんの「惜しかったね」の言葉がうれしくもあり、残念な思いを噛みしめることにもなりました。

この日夜には市会選挙で一緒にたたかい、はげましてくれた地元同世代の「カクサン部」のご苦労さん会をやりました。車いすで駅頭宣伝などにいつも来てくれるUさん、やはり選挙となると必ず駅頭にきてくれるF君ともはじめて飲むことができ、次回にたいする思いや意見もたくさん出され、ありがたく、意気上がる会でした。

posted by 明石ゆきお at 00:20 | Comment(0) | 活動日記

2015年04月27日

小西悟さんの訃報に接し、学生時代の小西先生の演説の記憶がよみがえりました

4月24日付けのしんぶん赤旗にドイツ文学者小西悟さんの訃報がありました。

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小西先生は学生時代にドイツ語の先生として知ることになりました。
ドイツ語の授業ではたいへん厳しい方でした。ファウストの訳書も残されています。
小西先生のことで忘れられないのは、昼休みだったか、被爆者としてのご自分のことから核廃絶のことについて学内の広場で演説されたときの事です。
普段はハンドマイクなどで学生自治会等がしゃべっていても注目される事はなく、こもごもにおしゃべりなどをしている校内が、小西さんの演説が始まり、しばらくすると静まり返り、校舎の窓などからも演説に注目が集まったのです。話の内容は覚えていないのですが、その情景を忘れる事ができません。
ご自分の経験に基づき、情熱を持って語られる原爆の被害の話に、政治的に無関心な学生をも引き込まれていった一瞬でした。

被爆者団体の事務局もやられてた小西先生。核拡散条約再検討会議で核廃絶のことを目標に掲げようという運動がまさに行われているその最中での訃報。再検討会議での希望ある議論を聞けなかったのは残念であったでしょう。ご冥福をお祈りします。

posted by 明石ゆきお at 23:46 | Comment(0) | 活動日記