2012年05月10日

私のプロフィール

  1959年生まれ55歳 東京都立大学理学部卒、横浜市金沢区富岡在住
  自営業でシステムエンジニアをしていました。
  自営業者の団体、横浜南部民主商工会副会長・同金沢支部長をつとめていました(2014年4月退任)。

中学時代
親友から小林多喜二の映画に誘われて見たことが印象に残っています。戦争に命をかけて反対した人がいたこと。平和という言葉はだれでもが使いますが、平和が脅かされている時にそれと闘い得た人は信頼できるのではないかと、若いなりに考えました。
当時の日本社会では公害の被害が大変な問題になっていて、そんなこともあって、このときの親友とは大人はつまらない人種だ、あんな大人にはなりたくない、などと話していました。
親友のお母さんは日本共産党の市議会議員をされていたのですが、「うちのおふくろさんは頑張っているよ」と言ってくれたことを今でもよく覚えています。
ブラスバンドに入り、トランペット、トロンボーンなどを吹くようになりました。

高校時代
ブラスバンドの活動に夢中になっていました。このときの同期のメンバーとはいまでもつきあいがあります。高校は自由な雰囲気で、クラス活動なども盛んでした。
授業の教科の一環でエンゲルスの『空想から科学へ』を読み、感動したと日記に書かれていました。元々理系の科目に興味があったのですが、政治経済の授業のなかで日本国憲法と日米安保条約の関係などに触れて興味を持ちました。

浪人時代
こどもの頃から物事の核心に迫るようなことに興味があり、理学部物理学科を志望しました。1年目は合格できず、予備校がよいの生活となりました。この時期に千葉県船橋市から東京の中野区に引っ越しました。忘れられないのは、1978年の9月27日、横浜市の緑区に米軍のファントムジェット機が墜落し、幼子が亡くなった事件です。このとき、日本の自衛隊は被害者を救出することはせず、米軍を守ることを優先させたのです。このような社会を続けてはいけないと考えるようになりました。

大学時代
理学部物理学会に進みました。大学は学生自治会の活動やサークル活動が盛んで、程なく民主青年同盟に誘われて加盟しました。理系にすすんだものの、社会問題への感心がしだいに高くなり、専門科目の勉強より、社会科学に興味を持つようになりました。趣味の音楽のサークルは辞め、「科学論研究会」というサークルに入りました。ここで戦前の日本の唯物論哲学者戸坂潤さんの著作『科学論』を読んだことが私のものの考え方の確立のためにも重要だったと思います。公害反対運動などが盛んだった時期でしたが、なかには科学そのもの、科学研究体制が悪いと科学そのものを否定する考え方がありました。私はそのような考えに与することはできず、大資本本意、生産第一の企業がその科学技術を握っているために公害などが引き起こされているということを感じていました。この著作がその立場に科学的な根拠を与えてくれたと思います。
大学2年の時に日本共産党に入党しました。このときもマスコミが”新左翼”と読んでいたグループが学内におり、そういう考え方に惹かれる部分がありましたが、やはり理論的な学習のなかで見極めたうえで、入党をしたのがよかったと考えています。
大学には7年間在学しました。3年留年です。この時期に将来についていろいろと考えました。理系の学部では製造業などに就職してエンジニアになるというのが典型的な進路でしたが、科学技術のありかたについてもいろいろと考えるというなかで、素直にそういう進路を選ぶきになれなかったのです。
結局教員志望として3年ほど挑戦しましたが、採用とならず、環境測定などを行っている会社に就職しました。

労働者として
大田区の町工場が並んでいる東糀谷にある会社に17年間勤めました(後半は横浜市東神奈川)。大気汚染の監視システムを開発している部門に所属しました。労働組合はなく、大田区のJMIU地域支部に個人加入しました。労働組合を作ることはできませんでしたが、この組合で企業内組合ではなく、地域で”みんなは一人のために、一人はみんなのために”の精神で活動している組合のことを学べたことは大変大きな経験となりました。
40才を過ぎた頃から、自分の技術者としての人生、システムを通じてやりたいことなどを考え、独立することを決めました。

自営業者に
中小企業や個人相手のシステム開発をめざし、1年ほどシステムハウスに勤めた後、自営業者となりました。会社勤めのときに営業を1年間やったことを生かし、地域で飛び込み営業をはじめ、その中で自営業者の団体、民主商工会に巡り会いました。入会し、自営業者の要求実現活動をしながら、自分の営業活動にも生かす道が開けました。税金の仕組みや応能負担原則などを学び、消費税が零細業者に重く、不公平な税金であることも実感しました。
会社員時代には公然とは党活動ができませんでしたが、日本共産党に入党した以上、地域に根ざして活動したいと考えていましたから、地域の支部に所属し、平和運動などにも参加するようになりました。そこで活動を活発にするようになったことが、候補者として白羽の矢が立てられてしまった(笑)きっかけだったかと思えます。

衆議院選挙に挑戦
2012年の衆議院議員選挙で神奈川1区日本共産党の候補者として闘いました。消費税に頼らなくても社会保障の充実、財政再建は可能と訴えましたが、議席には届きませんでした。こちらもご覧ください。
選挙戦を終えて 今度こそは共産党にという大きな期待に応えて公約実現に頑張ります
【プロフィールの最新記事】
posted by 明石ゆきお at 00:07 | Comment(6) | プロフィール
この記事へのコメント
4区加藤です。明石さんへのメールが届かず、返送されてきてしまいます。ご連絡をお願いします。ブログ作成の件です。駅頭活動頑張っている様子拝見しています。
Posted by 加藤勝広 at 2012年08月16日 13:24
立候補の決意に敬意を表します。
Posted by 藤井新一 at 2012年08月26日 13:47
できれば講演会を聴きにに行きたいと思っています。

反原発を掲げる他の政党との選挙協力についてはどのようにお考えですか?
神奈川1区は、自民と民主と共産党の3つ巴の戦いになるでしょうから、反原発勢力が「潰し合う」ことにはならないとは思いますが。

杉田劇場での講演も大切でしょうが、磯子駅前のロータリーでの街頭演説もしてくださいね。あの周辺の集合住宅に居住していますが、よく聞こえます。自宅の居間に居ながらにして演説を聞くのもよいものです。
Posted by 磯子3丁目 at 2012年11月20日 17:46
磯子3丁目さん、コメントに気づかなくて質礼しました。今国民の世論の中、「脱原発」を掲げる人は多いですが、時期、明確さなど、よく見ていかなければならないと思います。また、他の政策でも譲れないことも多くあります。その上で選挙後の国会に国民の意思を反映させるうえで有利になるような選挙協力がありえるなら党として真剣に考えます。ただ、残念ながら現実にはそういう可能性はあまり高くないというのが現状だと考えます。
磯子駅での宣伝もやっています。これからなるべくトップページに日程を書くようにしますので、よろしくお願いします。
Posted by 明石行夫 at 2012年11月23日 08:47
twitter等の有権者の声を分かりやすく提供するご提案




お忙しい中、突然のメールで失礼致します。
Organic Think 奈良と申します。

この度、twitterやfacebook等に溢れている有権者の声を、分かりやすいグラフデータとしてご提供するサービスを始めました。

混迷を極める今回の選挙戦。
立候補者様、および、有権者の一番の悩みは「時間が無いこと」だと思われます。

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■ソーシャルメディア上の有権者の声を分かりやすく提供するご提案用ホームページ
http://www.organic-think.net/shuginsen/

お忙しい中、長文のメール、大変失礼致しました。
ぜひ、ご検討の程、よろしくお願い致します。

以上

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Organic Think
奈良 英祐
info@organic-think.net
http://www.organic-think.net/shuginsen/
090-1468-4933
Posted by 奈良 英祐 at 2012年12月05日 06:07
選挙戦おつかれさまでした。

私は、この度の選挙戦は共産党に入れるしかないと思っておりました。筋の通った公約を掲げて全ての小選挙区に候補者を擁立できる共産党が躍進すれば日本が変わると信じ、明石さんに一票を投じました。残念ながら戦後最低の投票率(4割棄権)で自民党が圧勝してしまいましたが。

どうか、これからも、街頭演説を定期的に行って、政府の政策の非を訴え、市民を啓蒙してください。
Posted by 磯子3丁目 at 2012年12月18日 12:06
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